日本の古籍による「令和」への改元は初めて

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菅義偉官房長官は1日午前11時42分、記者会見で日本の新年号を「令和」と公式に発表し、「大化」以来、日本史上248番目の年号となった。

 


画像引用元:https://baijiahao.baidu.com/s?id=1629579933644018454&wfr=spider&for=pc

 

日本では現在、明仁天皇が4月30日に「生前に退任」し、徳仁皇太子様が5月1日に即位し、同日0時から新年号の「令和」が正式に使用する。1989年1月に始まった「平成」の時代、あと1カ月で歴史の舞台から退出する。

日本の天皇元号は、唐の時代から、唐の制度を全面的に学習した当時の改革と切っても切れないもので、歴史上で「大化の改新」と言う。ここの大化は日本史上初の元号で、大化元年は西暦645年である。

実は、日本が「令和」に改元したのは四つのはじめがる。

第一、これは日本の憲政史上初めて天皇の「生前の退任」の改元である。戦前、日本の年号は天皇を中心に決定され、1979年に制定された元号法は内閣が決定することになっていた。昭和天皇崩御によって元号が変更されたのと違い、天皇の「生前退位」によって元号が変更されたのは日本憲政史上初めてだ。

第二、初めて新天皇が即位する前に、現職の天皇が政令を締結して新年号を発表する。新天皇の即位前の新年号の発表は、前例がないためこれまで「1世1元」を固守する保守派の激しい批判を受けた。しかし、日本政府は、年号変更による不便を避けるため、1ヵ月前に発表し、各界の準備をさせることにした。

第三、この元号は日本の古典『万葉集』に初めて出た。645年に日本で最初の年号「大化」が導入されて以来、過去247年の年号から出典を明らかにしたのは全て中国の古典に由来しており、多くは「四書五経」など唐代以前の古典文献である。今回の新年号の選考の段階では、日本の伝統文化の立場から古文を選ぶべきだという声がある。

第四、インターネットで生中継されるのは初めてだ。これは新しい時代に合った宣伝手法と考えられる。

 

資料引用元:

https://baijiahao.baidu.com/s?id=1629579933644018454&wfr=spider&for=pc

http://news.sina.com.cn/c/2019-04-01/doc-ihtxyzsm2381681.shtml

https://www.fx678.com/C/20190401/201904011125372467.html

 

筆者:钟珮瑜

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